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名古屋地方裁判所 平成7年(わ)801号 判決

主文

被告人を懲役一年に処する。

未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、宗教法人オウム真理教の出家信者であるが、同じく出家信者である分離前の相被告人B、同C、同D及び同じく出家信者Eと共謀の上、オウム真理教から脱会しようとして行方をくらました女性医師F子を見つけ山梨県西八代郡上九一色村の教団施設に連れ戻すため、同人の実家を監視する目的で、別紙記載のとおり、平成七年二月七日から同月一八日までの間、右実家から約二五〇メートル東方に位置し、Gら多数人が居住する名古屋市《番地略》所在の共同住宅「サンコート甲野」の一階出入口からエレベーターを利用して一四階外階段踊り場まで繰り返し立ち入り、もつて故なく他人の住居に侵入した。

(証拠の標目) 《略》

(法令の適用)

罰条 包括して、平成七年法律第九一号附則二条一項本文により、同法による改正前の刑法六〇条、一三〇条前段(懲役刑選択)

未決勾留日数の算入 右改正前の同法二一条

訴訟費用の不負担 刑訴法一八一条一項但書

(補足説明)

一  可罰的違法性がない旨の主張について

以下に認定判断するとおり、本件犯行の動機・目的が反社会的で何ら正当性を見いだせず、犯行の態様が組織的・計画的で執よう、悪質、犯行の結果も軽視できないことに照らすと、本件犯行に可罰的違法性があることは明らかである。

1  犯行の動機・目的

本件犯行が、オウム真理教から脱会しようとして行方をくらました女性医師を見つけ、教団施設に無理にでも連れ戻すための、教団ぐるみの組織的なら致計画の一環として敢行されたものであることは取り調べた証拠から明白であり、共犯者のBやCが捜査段階で明言しているところである。

弁護人は、女性医師から脱会の真意を確認し、また、同人の安否を確認すべく監視活動を行つたのであり、同人を発見しても同人の自由意思を尊重するつもりであつた旨主張し、被告人もこれに沿う弁解をする。

しかしながら、平成七年一月九日ころ、教団施設から逃亡して警察に保護を求めた女性医師に対し、同月一一日には教団の顧問弁護士が面会し、戻る意思がないことをすでに確認していること、にもかかわらず、教団幹部である被告人のほか男性信者四人が一か月あまりも同人の捜索に専従して奔走していること、レンタカー等を連日調達して待機し、監視用の三脚付き望遠鏡や無線傍受装置、携帯無線機、携帯電話を準備して本件犯行に及び、二月の寒空の下、ほぼ連日夜間に至るまで、本件侵入先のビル一四階外階段踊り場で監視を続けたほか、監視先の情報を得るため偽名を用いて不動産登記簿を閲覧したり、女性医師のかつての住居であつたマンションに無断侵入し、更には監視先の斜向かいにマンションの一室を新たに賃借して監視カメラを設置したりするなど、異常なほどの執念を燃やし、多くの時間や費用をかけていること等の事情に照せば、女性医師を発見した際に同人から教団施設に戻ることを断られれば、被告人らが女性医師の自由意思を尊重し、教団施設への連れ戻しを諦めたとは到底考えられない。

2  犯行の態様、結果等

被告人らは、教団ぐるみのら致計画の一環として、一〇日間にわたり集合住宅の共用部分に侵入し、二月の寒空の下、夜間に及ぶまでほぼ連日、監視用の三脚付き望遠鏡や無線傍受装置等を準備するなどして監視を続けたものであつて、犯行の態様は組織的・計画的で執よう、悪質であり、犯行の結果、居住者や地域住民に与えた精神的被害も軽視できない。

弁護人は、本件侵入場所が住居侵入罪にいう「住居」ではなく「建造物」であり、侵入態様も、通常の生活時間帯に、共犯者のうち一名のみが平穏に本件踊り場まで赴き、そこで望遠鏡や双眼鏡で外を覗いていたに過ぎず、入居者は生活の平穏を害されていない旨主張する。

しかしながら、住居侵入罪にいう「住居」とは、日常生活に使用するため人が占有する場所をいい、必ずしも房室である必要はない。本件の共同住宅「サンコート甲野」は、地下二階、地上一四階の鉄骨鉄筋コンクリート造の建物中、三階から一四階までの集合住宅とその共用部分である一階の出入口、エレベーターホール、二基のエレベーター、各階通路、外階段と外階段踊り場などから成り、被告人らは右の共用部分に侵入したわけであつて、その侵入場所を「住居」と認定するのに疑問はない。

更に、住居の居住者は、本来、外から内を干渉されることなく、また内から外を干渉したり、干渉することに利用されることもなく、右住居において平穏な社会生活を保持することが許されている。したがつて、本件集合住宅の居住者にとつて、前記のような目的を持つた不法集団に、たとえ共用部分にせよ、また一名ずつであつたとしても、真つ昼間から夜間まで一〇日間にわたり、組織的・計画的に、入れ替わりたち替わり侵入されたことは、外から内を干渉されたことであり、これにより住居の平穏が大きく害されたことは言うまでもない。加えて侵入した不法集団が前記の目的で組織的・計画的に監視活動をしたこと自体も、まさに内から外を干渉することに利用されたという意味で、これにより右居住者の住居の平穏が害されたことは否定できず、その程度も軽く見ることはできない。この結論は居住者が侵入や監視活動を認識したと否とにかかわらず、むしろ、本件の場合のように、居住者に気付かれないように密かに侵入、監視活動をしたことで、なおのこと住居の平穏を害したとも考えられる。

二  誤想緊急避難の主張について

弁護人は、本件犯行は、女性医師が家族等によつて違法の身柄拘束を受けていると誤信して、その救出のため敢行されたものであるから、誤想緊急避難として故意が阻却されると主張するが、前記のとおり、そもそも被告人らには女性医師の意に反しても教団施設に連れ戻す意思があつたものと認められるから、同人の救出を考えていたとすることはできず、右主張は前提を欠き失当である。

(量刑の理由)

本件犯行は、すでに認定判断したとおり、動機・目的において反社会的で何ら正当性は見いだせず、犯行の態様において組織的・計画的で執よう、悪質であり、犯行の結果において軽視できず、居住者の精神的被害や地域住民に与えた影響も無視できない。

女性医師ら致計画が結局頓挫したことは幸いであるが、被告人は、他の信者を犯行に引き込み、共犯者間では指令塔として活動しており、その刑事責任は軽くない。また、本件の証拠関係に照せば、被告人は、本件犯行を含むら致計画の遂行につき、事ある毎に教祖の指示を仰いできたことが明らかであるのに、ことさら教祖を庇い立てする姿勢が顕著であり、自らの非を悔い改める様子はうかがえないばかりか、今後も教団施設に戻つて活動を続ける決意を強く表明しており、オウム教団の現状(因みに、オウム真理教に対する解散命令が平成七年一〇月三〇日出されたが、未だ右命令は確定に至つていない)にかんがみれば、被告人が非違行為を再び行うおそれは相当に高いと考えられる。

被告人には前科・前歴がないこと、教団幹部であるとはいえ、教祖の指示に逆らえずに本件犯行を敢行したもので、真の意味での首謀者ではないことなど、被告人に有利な事情を十分斟酌しても、被告人が自らの将来を冷静に見つめなおす機会を与えるとともに、非違行為に再び陥ることを防止するため、被告人を矯正施設に収容するのが相当と思料され、実刑は免れない。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 油田弘佑 裁判官 政岡克俊 裁判官 松岡幹生)

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